悲惨な出来事


話は一年以上前から始まるんですが、
同僚に趣味も遊びもほとんどせず
何事にも熱中できず
日々淡々と仕事をしている人がおりまして。




それはそれでいいんだけど、
……いや仕事より趣味と遊びが一万倍くらい好きな
俺としては絶対よくないが
まあ性質は人それぞれってことでね。
でも実際のところ本人もそれではよくないらしく、
たびたび仲間に相談とかしてたそうな。




んで結局現状を打開することもなく
灰色な毎日を過ごしている中で、
俺がバイクに乗り出したのを見て
「俺も乗ってみたいけどなあ……」
とか言い出した。
なら免許取れよっつったら
「でもなあ……大変だし……」
と煮え切らんというか火がつかんというか
湿りきった態度。




めんどくさいので
グダグダ考えてる暇があるなら
とりあえず行動しやがれ、と
ひたすら押しまくったら
ようやく免許を取ったものの
そっから車体を買うまでまたジトジト。





仕方ないので
グダグダ迷ってる暇があるなら
とりあえず体感しやがれ、と
あちこちのバイクショップを一緒に回ったり
俺のバイク貸して走り回らせたりして
ひたすら押しまくったら
ようやく購入。






ここで、
自分のバイクが手に入ったことで
何か変わったらしい。







そっからはしょっちゅう、
俺よりも頻度高しで夜を走り始める。
次の日には
昨日はどうだっただのどこ行っただの
嬉しそうに話してくれるようになった。
そんでもって
ファッション的なところにも興味を持ったらしく、
俺の服だのアクセだのをいじり
いくらか安いのを買っていったりし始めた。






そして冬。
バイクに乗るにはそれなりのアウターが必要な季節。
ちょうど俺が好きなブランドの店に
試着だけしに行ったら
非常に高機能かつかっちょいい
ダウンジャケットが出てた。
俺も欲しかったけど値段が……とかなもんで
貯金300円の俺ではとても手を出せず断念。
んで、
代わりにその人に勧めてみる。






すると、







即決で買いやがった。







俺に金借りて。








さらにはレザーパンツと
俺がメリケンで買ったがサイズが合わず
処遇に困っていたブーツまで。
総額……







それが三日前の話。
いやはや
バイク買う以前は雑誌に載ってる服の値段見て
「意味が分からん、ユニクロでええやろ」
ってなリアクションしてた人が
えらい変わりようである。
実に嬉しい変化である。
金は返してもらうがな。







んで、
気に入った服買ったら
むやみに外に出たくなるのが人の情。
さらに夜を走り回るようになる。







そして今日。
めちゃくちゃレアな確率で休みが合ったので
ちょっとアクアライン通って一緒に山登ることになった。






もうね、
数日前から一年前には考えられないくらい
遠足前の幼稚園児の如くテンションが高い。
正直風邪が悪化して寝てたいというか
実際昨日は仕事サボって寝てた俺ですが、
さすがにパスできねえ。
ていうか行きたい。
必殺風邪薬十錠飲みで風邪野郎を捻じ伏せ
寒山道ヘブン。
俺の後ろを走りながらニヤニヤしておるヤツを
バックミラー越しに確認しながら
ひゃっほーと飛ばし、
ヤツも「まだまだイケるぜ」とかやっておりました。






が、
悲劇は起きてしまった。








ちょうど養老渓谷に向かう途中、
なにやら片車線を塞いで工事しておる。
一方向ずつ通すために
例の如くライトセイバー持ったおっさんが
番人の如くおるわけです。
セイバーグルグルで「行ってよし」
一文字構えで「止まりたまえ」ってやつ。







……けどね、
そのおっさんがね、
ちゃんとライトセイバーを構えてねえの。








行っていいのか悪いのか分からん。
しかし向こうから車が来ている様子もない。
構えてねえなら行っちまうかと思い
ブレーキ踏まずに進んでたら、
……おっさんが突然一文字の構えを取った!






急ブレーキ踏む俺、止まる俺。
バイクを横に寄せて
合図遅えよと怒鳴ろうとしたところに、








俺の横を止まらずに追い抜いていくヤツの姿が。








バイクごとスライディングしながら。








急ブレーキでハンドルとられてクラッシュってやつです。
慌ててバイク降りて駆け寄ると
車体に足挟まれて苦悶の表情。
急いでバイクを上げると
奇妙に折れ曲がった足。







二、三年前、脂美さんが
公園の東屋の屋根にぶら下がって遊んでたところ
五十センチほど落下して骨折するという事件があったため
即座に思う。







……またかよ。







ところがところが。
実は曲がって見えたのは
エンジニアブーツが脱げかけてたためだった。
立ち上がって道脇に逃げることもできたし、
見た目大きな出血外傷もない。
バイクもオイル漏れ等なくタンクに擦り傷と
ハンドルとステップに若干のゆがみ程度。
奇跡である。






ほっとしたのもつかの間。
アスファルトの上を十数メートルもスライディングして
無事でいられる衣服は基本的には存在しない。







ゆえに、
借金してまで買った総額……の服、
ダメージ加工なんかメじゃないくらい
ボロッボロ。







さすがにそれ見て
「良い味でてますね」
とは言えず、
痛々しい笑顔を見せる彼に缶コーヒーを奢ってやった。
アーメン。
金は返してもらうがな。











そんな彼は危険なまでの安全運転で、
今は川崎の仕立屋に相談に行っています。