裏切り


影が生まれるには光が必要であるように、
裏切りが発生するには信頼が不可欠だ。
実際のところ、
自分の周りを見渡してみるに
心から相手を信頼して背中を見せる人間が
赤ん坊以外にはほとんど見当たらないので、
真後ろから背中を斬られる「裏切り」ってのは
身近なものではないのかもしれない。
チラチラと後ろを気にしながらも、
ちょっと前を向いたところにズバッってのは
あるかもしれんが。



マイク・ニューウェル監督、
映画「Donnie Brasco」。
日本では『FAKE』って名前で出てんのかね?
実話をもとにした作品で、
「裏切り」というテーマを
ジョニーデップ、アルパチーノ両雄の名演技が引き立てる。



或る人の受け売りではあるが、
俺が人にバランスを説明する時によく使う例に、
『テーブルの上のコップが
テーブルを突き破って落ちていったり
逆に浮き上がってしまったりせずにそこに静止しているのは、
コップの重さとテーブルの支える力が
完璧にバランスをとっているからだ』
ってのがある。
これはおよそ静止しているもの全てにおいて当てはまることで、
人間関係にも言えることだ。
ただし人間関係の場合は社会と時間って流れの中にある以上
完全に静止することは有り得ない。
押す力と押し返す力が日々せめぎ合っていて、
ある一場面を切り取った時にバランスが取れているだけの話。
「あなたの愛が重い」
なんていうベタな台詞は動的な関係の中で
受け手側に押し返す余力がない、
つまりバランスが崩れているってことを象徴している。
そう考えれば、
動的な中でバランスを維持できる関係っていうのが、
まさに信頼関係と呼ぶべきものじゃないだろうか。



マフィアという激動の組織に身を置く
ジョニーデップ演じる囮捜査官『ジョー』(ドニー)と
アルパチーノ演じるマフィア『レフティ』という兄弟分。
二人に深い信頼が生まれたのは
必然と言えば必然なのかもしれない。
逆に激動のなかで立つことに力を使うあまり、
ジョーにとって静的な関係であるFBIや家族との
バランスがとれなくなってしまったのも、
また必然なんだろう。



ジョーの正体に気付きながら
最後まで彼を責めることなく、
「お前だから許せる」と妻に伝言を残し、
『呼び出し』に赴くレフティ
一方で表彰されるジョーにFBIのお偉方は
作業的にメダルと五万ドルを渡すと
握手も無しに偉そーに去っていく。
メダルを手に無言で佇むジョーの後姿が、
この映画の全てを語っているといっても過言ではない。



真に信頼するってことは
裏切られることすら受け入れること。
人が水を我先にと買い占めるような平和な場所じゃ、
そんな信頼が生まれることはないんじゃなかろうか。
真後ろからぶった斬られることもないけどね。