話し方

『あなたに対する評価は
話し方ひとつで決まります』


yahooのページを開いたら
そんなんがトップの記事に出てきまして。


まーその通りだと思います。
というか、
それを踏まえていないものを『話』と呼んでいいのかどうか。



そもそもなんで『言葉』を発するかというと、
相手に某かを伝えるため。
自分ん中のクオリア
相手の感覚器官にそのままコピペできりゃあいいんですが、
それができないから言葉という比喩表現で仲介して
伝えるわけです。


んで、それに付随する形で
ここでいうとこの『評価』が重要になる。
例えば「ペン取って」っていうとき、
ごっつガンつけながら言うのと、
ニヤニヤしながら言うのと、
真顔で相手の目を見ながら言うのとでは、
いずれにせよペンはとってくれるかもしれないが、
相手の抱く印象がまるで違う。



ココで問題なのは
『話』というのは「ペン取って」では終わらないと言うコト。
そのあとに言語ひいてはクオリアのやりとりがあるから、
そのやりとりを総じて『話』と呼ぶ。
「ペン取って」のあとに相手からの返球もしくは
こちらからの追加球があるわけ。
で、それは『評価』によって、
ど真ん中になるか変化球になるか暴投になるかが決まってくる。
つまり、
まともな『話(キャッチボール)』をしようとするなら、
あるいは楽しい『話(キャッチボール)』をしようとするなら、
その『評価』を意識するのは当たり前。




んで、
ヤフーの記事の
なんでそんな当たり前のことが気になったのかというと、
そのあとにhow toみたいなんがずらりと書いてあったから。





相手のいい『評価』の取り方ってなもんだ。
男性の嫌がる話し方、
初対面で仲良くなれる話し方、
次のデートに繋がる話し方。
けれども、
テメーのクオリアを成長させる術には
いっこも言及しておりません。




……これ読んで、
いい年した大人が「なるほど」とか頷いてんのか?
そんで、
明日から誰かと話すとき試してみようとか思ってんのか?
そんでもって、
「わーい、俺の評価高くなったー」とか喜ぶのか?





仮に、だ。
仮にじゃあこれで勉強して良い評価がとれるようになりました、としようよ。
でもそのとき、
その相手が評価してる対象はアンタじゃなくて
コレ書いた編集部の人だよ?
評価が『悪い』、『非常に悪い』のほうが、
よっぽど対面して『話』をしてる意味があると思うんだが。




こーゆーのは
言ってみりゃ自分自身を隠す作業だ。
自分に他の誰かを上塗りして、
他の誰かに話をさせる作業だ。
つまり、
嘘のつき方の勉強だ。
『嘘』っつっても俺がいつもツレに言ってるような
茶化すためのもんじゃなく、
人と向き合わないための『偽り』のほうな。




そーゆーのがいいんなら、
詐欺師のにーちゃんに何度か騙されてみたほうが
よっぽど実践的で勉強になるだろーて。





まー一般社会じゃ
こんなんが求められてんですかね。
だから大手サイトのトップページに堂々と載るんですよね。
で、みんな他人様に良く見られようと勉強してんですよね。





なんか……みんな大変やな。


ritsuka