美学

次回作の企画がまとまりつつある。
かなりハードになりそう、
俺に対して。
精神的に。


ということで、
身体づくりを始めた。
身体がだらけてて精神もクソもないのでね。
にしても、
少し体力落ちてるなあ。


ところで、
さっき深夜徘徊してたらどこぞのカップルが路上で話しこんでて。
そこにタクシーが来て、
男性のほうが乗り込もうとしたんだけど、
その別れ際にね。
チュッとフレンチをやるわけだ。
どちらからというでもなく。
そんで男性はさらっとタクに乗り込む。


それが何か、
すごい綺麗で。


普段は路上で乳繰り合ってるヤツら見たら、
つい茶化してしまうんだけれども。
何が違ったんだろうかと。


単純な見解だと、
その二人に路上との空気的なズレがなかったこと。
たぶん抱き合ったり長時間のキスだったりをしてたら、
無い。
そういう点でズレまくってる豚は山ほどいる。
ヤツらの場合は美学もへったくれもなく、
欲のまま盲目的に体液交換する。
そのさまはもはや公害だ。
そうではなく、
さっきの二人がそこでフレンチを選べたというのは、
それで通じることができるからだと思うんだ。
極最小限のコンタクトで通じることができる。
行動が最小限だから空気的なズレも最小限。
でも二人は最大限に通じる。
それが俺には美しく見えたんだと思う。


たとえば年配のご夫婦で、
旦那さんが煙草を手に取ったら、
すっと反射的に灰皿を差し出す奥さん。
旦那さんは別に礼を言うでもない。
奥さんも何も気にしてない。
俺、こういうのをマジで尊敬する。
昨日今日の若夫婦にはできないよな。
ダウンタウンのフリートークにも同じものを感じる。
ほんの些細な動作で感情を表現する役者さんにも。


このへん語ると長いので、
また機会があれば。


最小限のアクションで最大限のリアクションを得る。
それは本にも言えること。


ritsuka